研究内容

糖尿病と肥満

 現在、国内に糖尿病の患者さんは約980万人おり、最近の50年間で38倍に増加しています。これに境界型、予備軍を合わせると2,000万人を超えており、人口が1億3,000万であることを考えると、驚異的な数字です(図1、左グラフ)。一方、肥満度(BMI)が25以上の肥満者は2,300万人いて、やはり最近の50年間に4倍に増加しています(図1、右グラフ)。従って、糖尿病と肥満症は今や国民病と言えます。

メタボリック症候群

 “メタボ”というと、中年男性の代名詞のように使われることがあり、今ひとつ深刻さに欠けますが、実は大変重大な病態です。メタボリック症候群になるだけで心筋梗塞や脳卒中のリスクは2倍に増加し、糖尿病のリスクは5倍になります。また、糖尿病になると心筋梗塞や脳卒中のリスクは4倍に増えますので、結局メタボリック症候群は私たちの寿命に大きく影響する危険な状態なのです(図2)。

代謝と寿命

 2009年にヨーロッパとアメリカで90万人以上を対象にした大規模調査が行われ、肥満度と死亡率の間に見事な正の相関関係があることが証明されました。また、摂取するカロリーを制限すると寿命が延びることがサルを用いた実験で証明され、全身のエネルギー代謝と寿命の間に密接な関係があると考えられるようになりました。
 一方、最近の遺伝子工学や分子生物学の進歩により、様々な動物種で長寿遺伝子の研究が行われ、これまでに線虫やハエといった下等動物から哺乳類に至るまで種を超えた長寿関連遺伝子としてFoxO1とSirt1が同定されています。FoxO1は転写因子で、Sirt1はNAD依存性の脱アセチル化酵素です。これらは全身のエネルギー代謝調節に関わることが知られています(図3)。

インスリンシグナルとFoxO1

 FoxO1は細胞内インスリンシグナルの下流で制御される転写因子です。インスリンが細胞膜上のインスリン受容体と結合すると、PI3キナーゼ、Pdk1、Aktと順番にシグナルが伝達され、Aktによるリン酸化を介して最終的にFoxO1の転写活性が制御されています。興味深いことに、このインスリンシグナルは種を超えて見事に保存されており、哺乳類のインスリン受容体は線虫のdaf-2で、PI3キナーゼはAge1、Pdk1とAktは同じ名前で呼ばれており、FoxO1は線虫ではdaf-16です(図4)。約100兆個の細胞から構成されるサルやヒトと1,000個程度の細胞しかない線虫の間で完全に保存されているということは、進化の過程でこのシグナル経路が生命の維持に非常に重要であったことを示しています。

当研究室の標的臓器

 全身のエネルギー代謝調節に重要な役割を果たす臓器としては、脳、肝臓、膵臓、骨格筋、脂肪組織などがありますが、代謝シグナル解析分野では膵臓のランゲルハンス島(ラ氏島)と脳の視床下部に注目して研究を行っています。膵ラ氏島研究グループでは小林助教を中心に、インスリンを分泌するβ細胞とグルカゴンを分泌するα細胞のそれぞれに特異的な遺伝子改変マウスを作製し、2型糖尿病発症メカニズムを分子レベルで解明することを目指しています。
 一方、佐々木准教授と河野助教を中心とする視床下部研究グループでは、視床下部の中でも特に摂食やエネルギー消費の調節に重要な役割をしている弓状核に着目して、遺伝子改変マウスや肥満モデル動物を用いた研究を行っています。河野助教は後天的な遺伝子の修飾であるエピジェネティクスにも着目し、視床下部ニューロンにおけるエピジェネティックな変化とエネルギー代謝調節の関連を調べています。また、マウスやラットに定位脳手術を行って、視床下部の特定の神経核に遺伝子や薬剤を投与する実験も行っています(図5)。

糖尿病、膵ラ氏島研究プロジェクト

 2型糖尿病は肝臓、骨格筋、脂肪組織といった末梢臓器におけるインスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる状態)にインスリンを分泌する膵β細胞の障害が合わさって発症します。しかしながら、最近ではグルカゴンを分泌するα細胞の障害も2型糖尿病の病態に重要であることが明らかとなりました。そこで当研究室ではβ細胞とα細胞の障害が起きるメカニズムを分子レベルで解明し、それを元に新しい糖尿病治療法の開発につなげたいと考えています。具体的にはFoxO1やSirt1、ATF3といった分子に注目し、これらをβ細胞やα細胞のみで改変させた遺伝子改変マウスを作製しています。即ち、Cre-loxPシステムを用いた臓器・細胞特異的ノックアウトマウス、ノックインマウス、トランスジェニックマウスなどです。
 1例ですが、膵臓特異的FoxO1トランスジェニックマウス(P-FoxO1-Tg)はβ細胞が減少し、α細胞が増加することで糖尿病を発症することが判明しました。また、逆に膵臓特異的FoxO1ノックアウトマウス(P-FoxO1-KO)は膵管からのβ細胞の新生を伴ってβ細胞数が増加し、耐糖能の改善が認められました(図6)。今後の成果次第では、β細胞やα細胞のFoxO1やSirt1を標的とした治療薬の開発に期待がかかります。

肥満、エネルギー代謝研究プロジェクト

 肥満を基盤として発症するメタボリック症候群は重大な疾患に移行するリスクが高いことから、肥満を予防する必要があります。私たちの体のエネルギー恒常性は、摂食量とエネルギー消費量(運動+熱産生+基礎代謝)のバランスで保たれており、前者が後者を上回ると、肥満になります。この両者をコントロールしているのが脳の視床下部です。
 当研究室では視床下部の特定のニューロンでのみ遺伝子を改変させたマウスを作製し、その表現型を解析しています。また、視床下部の特定の神経核に遺伝子や薬剤を投与して、代謝機能にどのような影響が出るのかを解析しています。これまでの研究成果から、視床下部のFoxO1やSirt1が栄養素(グルコース、アミノ酸、脂肪酸)やホルモン(インスリンやレプチンなど)の刺激を受けて、摂食量やエネルギー消費量を調節する分子メカニズムを明らかにしてきました(図7)。現在は、さらに詳細なメカニズムを解明し、今後の抗肥満薬、あるいはメタボリック症候群に対する新しい治療法の開発につなげたいと考えています。

Page TOP